村井 裕弥

いやぁ。驚いた。No.57で紹介した『涙の形』のコーフンが、まだ続いている。「いかにもCD臭い音に、超高域を付加して聴きやすくなる」というのは、まだ理解できる。しかし、『涙の形』は、ごくごくフツーに再生して、不満を感じないCDだ。それが、さらにあそこまで良くなるとは――。
ようし。こうなったら、古楽をもう1枚続けてみようじゃないか。それも、CDが大不得意とするチェンバロだ。中野振一郎が弾く18世紀ドイツの「組曲」集。ベーム、テレマン、フィッシャーの作品を年代順に並べ、そのラストを大バッハのイギリス組曲が高らかに締めくくるドイツ鍵盤音楽史鳥瞰もの。
リナルド・アレッサンドリーニ『イタリア音楽の150年』(Opus111)、武久源造『鍵盤音楽の領域』(ALM)、渡邊順生『チェンバロの歴史と名器』(ALM)といった名盤たちを、ついつい思い出す。
しかし中野の新作は、これらに1歩もひけを取らない。だいたい、ベームやフィッシャーの曲が、こんなに楽しいなんて全然知らんかった。音楽史上の片隅でホコリをかぶっていた作曲家たちが、突然あなたの身近で雄弁に語り出す。この1枚は、そんなサプライズに満ちている。
組曲にカッコが付いているのは、17世紀から18世紀にかけて人気のあったジャンルの変遷を、しっかり意識して選曲・演奏したよという意味。同じ名前でも、バレエや舞台用音楽の再構成ものとは異なるから、要注意。
録音も、ひと昔前の、ガリガリバリバリ、刺激だけが無神経に飛び交う「ありえない音」ではなく、立ち上がりや細部はちゃんと聞えるのに、刺激感の少ない音に仕上がっている。
これに、AH−120Kを加えると、どうなるか。直接音は張り出しが3割増、間接音は張り出しが5割増になる。「でも、超高域を正確に復元しているんじゃないんでしょ。適当に付加してるだけなんでしょ」というご指摘をときおりちょうだいするが、何度聴き比べても、AH−120K有りの方が「本来の音」に聞えるのだ。 (つづく)
「18世紀ドイツの『組曲』集」中野振一郎(チェンバロ)
ゲオルク・ベーム:組曲ハ短調
ゲオルク・フィリップ・テレマン:チェンバロの為のソロ(組曲)ハ長調
ヨハン・カスパール・フェルディナント・フィッシャー:組曲《オイテルペ》ヘ長調
J.S.バッハ:イギリス組曲第2番イ短調BWV807
2006年5月31日〜6月1日 山梨市花かげホールで収録
レコーディングエンジニア:Norio Okada
若林工房WAKA4114 オープンプライス(実勢価格は2,000〜2,500円)