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メ)今回もお悔やみコーナーから入るけれど人間様ではなく映画本だ。
雑誌の「ロードショー」が休刊になるらしい。
芦)ホントですか。
メ)新聞によると11月発行の1月号を最後に休刊だと。最盛期の80年代には35万部を誇ったけど最近では5万部まで落っこちちゃってるというから無理もないか。72年の創刊というから36年の寿命だった。
芦)私、その頃は映画を見ることに精一杯お金を使っていたし,たまに買っても「スクリーン」でしたね。「ロードショー」は映画界のアイドル本という趣が強すぎてとても手が伸びませんでした。
メ)俺も。ちょっと縁遠かったなあ。すでに淀長さんが編集長の「映画の友」や「スクリーン」が全盛だったし邦画では同じ出版社の「近代映画」があっただろう。
芦)私とは一世代違うかも。
メ)「ロードショー」が出た頃にはもうその辺は卒業して、いっぱしの映画青年気取りだったからなあ。関心は「キネマ旬報」に移っていてあのテの雑誌はミーハー本と馬鹿にしくさっていたもの。君は今でもそっちだろうけど
芦)いやらしい団塊世代の青春時代ですね。「朝日ジャーナル」とか「世界」をわざと小脇に抱えちゃったりしてたんでしょう?表紙の見えるように。
メ)オッツ!逆襲に出たな。我々世代に対する侮辱だ偏見だ!そういう輩はいつの時代にもいる軽薄な奴らにすぎないってことだぜ。でもホント言えば俺も「朝日ジャーナル」をとってたけれど何が書いてあったかジェ〜ンジェン覚えてませ〜ん。
芦)これで老舗の映画雑誌は「スクリーン}だけになってしまいました。寂しい限りですね。
メ)「キネ旬」はちょっとタイプが違うしね。
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メ)さて本題の映画会社のタイトル話だけれど、ロシアというよりソ連映画では「タイタニック」の例の船のへさきのポーズみたいに男と女が出てるのがあったね。
芦)モスフィルムですね。あれ一社しか輸入されていなかったと思います。
 誓いの休暇メ)そうそう。私の大のお気に入りは「誓いの休暇」(’59)。グレゴリー・チュフライの作品。戦場で殊勲をたてた褒美に若者が故郷に数日間だけ帰ることができるのね。ところが途中困った人の助けをして家に着いたときには母親と二言三言言葉を交わすだけの時間しか残ってないの。主人公の名前を呼びながら駆けつける母親。“アリョーシャ!”って、そこでドット泣いたっけ。旅の途中で知り合う女の子がまた可愛いくてね。テーマ音楽も美しかった!
芦)へ〜純だったんですねえ。
メ)失礼な!この映画はお袋に連れられて池袋の人生座で「僕の村は戦場だった」
(’62)と併映で見た。「僕の村」の方が評価が高かったけど俺は「誓い」のほうが好きだったなあ。ほどよく甘さがあってね。
芦)いい思い出ですね。そんなにいい映画をお母様と見たなんて。
 僕の村は戦場だったメ)当時のソ連映画って必ずのように冒頭に男の低い声でぼそぼそとナレーションが入るの。「誓いの休暇」では村までの一本道が映って「この道を若者が再び戻ってくることはなかった」みたいな語りが入るんだ。そして回想に入って戦場のシーンになるのね。あのぼそぼそナレーションが好きでさあ。上映時間に遅れていって映画館の廊下の扉を開けるとまずそれが耳に入るの。その雰囲気がたまらなく好きでね。以来ソ連映画は気に入りになったよ。
芦)へえ。暗い少年だったんですね。京都ではあまりソ連映画は公開されなかったんです。名画座も少なかったですから。私のソ連映画体験はセルゲイ・ボンダルチュクの「戦争と平和」(’65、’67)あたりからかなあ。ロードショー公開でしたね。当時は70ミリ大作みたいなものばかりだったです。
メ)ソ連初の70ミリという触れ込みの「戦場」とかね。もうもろに国威発揚のような。そもそもソ連映画というと何となく社会主義国の国策映画ってイメージがあって敬遠気味だった。だから「誓いの休暇」が俺のソ連映画というよりソヴィエトという国家そのもののイメージを変えたと言っていいかも。映画の力は偉大だね。
芦)私の頭の中にも映画的にはまったくソヴィエトという国はなかったですね。
後になってよ〜く見てみると優れた作品がたくさんあるのに驚きました。エイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」とか。彼の「モンタージュ理論」も勉強したし。
メ)偉いナァ。そう言えばあのデ・パロマ監督の「アンタッチャブル」の中で乳母車駅の階段を落ちていくスローモーションの映像があったけれど、あれも「ポチョムキン」からヒントを得たと話題になったね。
芦)ですから「僕の村」も東京へ出てきて名画座で見たかビデオとかの体験です。私は「誓い」より「僕の村」の方が作品的には上だと思いますが。監督はあの傑作「惑星ソラリス」を生んだタルコフスキーですよ。
メ)ム〜!君はそういう風に頭で映画を見るからいかんのよ。評論家みたいに。心で見んと!あのガチガチな独裁国家の中でみずみずしいロマンチシズムにあふれた作品を初めて作ったことを評価しないと映画好きとは呼べんの!だからカンヌのグランプリを取れたのよ。
芦)すんまへ〜ん。でも「僕の村」だってヴェネチアのグランプリを受賞しましたよ。じゃあ感覚的に言っちゃいますけど「戦争と平和」は長すぎて厭です。全部見ると10時間くらいかかるんじゃなかったですか。ヘップバーンので(’56)十分です。
メ)ムム!その通りや。トルストイさんには叱られるけどあれもいい。ニーノ・ロータ作曲の♪ナターシャのワルツ♪で踊るオードリーは美しかった。
芦)そう言えばここでは取り上げませんでしたが、新婚ホヤホヤで彼女と共演したメル・ファーラーが亡くなりましたね。(6/2)
メ)エルザ・マルチネリとアネット・ヴァディムという美女二人をはべらせて超いい役をやったエロっぽい吸血鬼映画「血とバラ」とかに出ていたっけ。
芦)ヘップバーンの元旦那というだけで、あまり作品には恵まれた役者ではなかったですからね。90歳ですって。すっかり彼の存在なんか忘れていましたけれど。
メ)そうなんだよ。だからネグっちゃった。ところであのキング・ビダー版の「戦争と平和」もそれなりに良く出来ていたけれど登場人物が英語でしゃべってるのはトルストイは許さないんじゃない。日本人だって英語で「源氏物語」をやられたら見たくないじゃない。”OH!プリンス ヒカルゲンジ”なんてさあ。ローラースケートを履いた若造たちが出てくるみたいじゃない。
 戦争と平和芦)確実に紫式部は化けて出るでしょうね。ハリウッド映画の日本人の扱いだって相変わらず滅茶苦茶でしょう。黒澤に心酔しているスピルバークでさえ「太陽の帝国」の有様ですからね。
メ)そう。だから本家本元の「戦争と平和」を馬鹿にしちゃいけないの。長くても我慢して見るの。だってリドミュラ・サベリーエワが出てるじゃない。美しかった!俺ね結構あっち系が好きなの。クリスチーナ・カウフマンとか。
芦)いつものことでしょ。
メ)ジャズの世界でも残念なことがあって、ジョニー・グリフィンとジョー・スタッフォードが亡くなってしまった。
芦)スラブ系とかゲルマン系ですか。
メ)肌が透き通るようで。だから五輪では必ず女子の体操を見るの。美しい娘がいっぱい出てくるから。
芦)なんかいやらしいなあ。エッチなジジイ!
メ)ああいう一連の大作ものの後にソ連映画では「貴族の巣」「仔犬を連れた貴婦人」みたいなチェーホフ原作の文芸ものが随分公開されただろう。内容的には思春期の拙者にはちと重くて苦手だったけどヒロインがみんな超美しかった。
芦)当時からそっち専門だったんですね。
メ)白いドレスの胸のふくらみばかりが気になる年頃だったから。
芦)今だってそうじゃない。
メ)君は文学とは無縁の人だからそういう味のないことを軽々しく言うねえ。見方がひねくれていてイカンよ。女性がメインと云えばズバリ「女狙撃兵マリョ―トカ」なんて怖いタイトルの作品があった。
芦)いかにもソ連映画という感じですね。
メ)そうなの。だから名前に負けてまだ未見なんだけれどDVDのパッケージを見たら監督がなんとさっきの「誓いの休暇」のチュフライなんで絶対に見なけりゃと思ってるの。邦題考えて欲しいナァ。
芦)私にもたまには序でで脱線させて下さいよ。ソ連映画じゃないですけど。舞台がソ連なんで。
メ)あッ判った!「ひまわり」(’69)だろう?君の大のお気に入り映画だから。許す赦しちゃいます!あれもサベリーエワが綺麗だったし監督がデ・シーカときたもんだ!
芦)ちょいとヒロインはソフィア・ロ―レンなんですけど。すべてを飲み込んで列車で去っていく彼女の姿に美しく物悲しくかぶさるマンシーニの音楽。もうたまらない想いで見つめたもんです。
メ)うんうん分かる。ローレンいい。俺いっぱい泣いた。何回見たか忘れたけどいっつも。最初に見たのは新宿のミラノ座だったと思うけれど、画面一杯に咲く黄色いひまわりとマンシー二の音楽のファーストシーンを見てこれぞ映画と思った。
芦)私の忘れられないシーンのベストテンに入る作品ですから。
メ)俺も。列車で去っていくシーンって別れの場面としては一番いい。キャサリン・ヘップバーンがクチナシを投げる例の「旅情」のラストシーンとかさ。それにデ・シーカ大好きだし。「靴みがき」「自転車泥棒」など初期の監督作から大ファンだった。
 ああ結婚芦)「昨日・今日・明日」「ああ結婚」はイタリア喜劇として最高でした。
メ)「昨日・今日・明日」(’63)はソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが三つのエピソードを演じるというオムニバスだったねえ。
芦)特に「昨日」が傑作で、悪事を働いても妊娠していると刑務所に入れられないというんでいつもローレンが子供を孕んでいるというお話。いかにもイタリア喜劇という感じで面白かったです。
メ)オムニバスと言えば俺がめちゃ好きなイタリア映画が「ボッカチオ70」(’62)。あの中でもソフィア・ローレンを使ったエピソードがあったね。デ・シーカは彼女が気に入りだったのか女優として最高の評価をしていたからかよく起用しているね。
芦)父親の借金のかたにくじの一等賞にされちゃうというお話でした。
メ)よく覚えているねえ。さすがにファンだと。俺が大好きなのは出張かなんかでホテルに泊まったウーゴ・トニャツイ―が窓から巨大なアニタ・エグバーグの看板を見ていると夢を見て彼女が動き出すの。でっかいアニタ・エグバークが。それで胸の谷間で滑り台遊びをしたりするエピソード。
芦)羨ましかったでしょう。
メ)ウン!俺の願望そのまま。内容的に言って監督はフェリーニだと思う。でも三人
の出演女優ではロミー・シュナイダ―が一番。透明なビニールみたいな服を着て
いてそれにクラクラってしたんだ。
芦)あれはビスコンティだと思います。
メ)デ・シーカは役者としても素晴らしかったなあ。「ロべレ将軍」(’59)が最高だった。替え玉将軍に仕立てられた博打うちの彼がそれを明かさずに銃殺されるといういいお話の作品だった。相手役のゲシュタポの親玉のような役をやったドイツ人俳優のハンネス・メッセマーが負けず劣らず素晴らしかった。記憶に間違いがなければマックイーンの「大脱走」の収容所所長も彼だった気がするんだ。最初のいい方の所長、あとで飛ばされちゃう。ナチの帽子がよく決まっていて一見冷たそうでいて情に厚いという役をやらせると本当にうまい。
芦)ようくま〜そんな脇役まで覚えていまんなあ。
メ)褒められついでに調子に乗って言っちゃおう。「ロべレ将軍」にサンドラ・ミーロっていう女優が出てるの。もうめまいがするくらいのイヤラシ女優でね。「青い女馬」という作品があってドキドキしながらスクリーンを見つめていたもんさ。
芦)いつまでもやってなさい。どこがソ連映画なの!
メ)すんまへ〜ん。じゃ次回はイタリア映画のタイトルってことでお許しを。
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