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メ)11月10日は忘れられない一日になった。
芦)ええ〜っ?! 市橋が逮捕されたこと? ミーハーだなあ。
メ)なにゆーてんの。森繁さんが亡くなったことよ。確かに一日に号外が二つも出るのはめったにないこっちゃ。
芦)市橋はともかくとして森繁さんの方はとうとうという感じがしますね。
メ)わたくし如きが森繁久弥さんについて記す資格はないのだがようは私の中で一つの時代が終わったという気がする。慣れ親しんだ喜劇人が全員世を去っってしまったから。ざっと挙げてみると、「落語長屋は花盛り」シリーズのご隠居古川緑波、岡っ引きの横山エンタツ、エノケンこと榎本健一、マチャアキのお父上堺駿二、「二等兵物語」の伴淳三郎に花菱アチャコ、東宝の有島一郎、加藤大介、競馬を通じて多少お付き合いのあった三木のり平さん。「喜劇・○○列車」シリーズから寅さんまでの渥美清、舞台でも活躍した森川信。脱線トリオの八波むとしに由利徹、南利明、ざんすざんすのトニー谷、舞台では”でんすけ”こと大宮敏光に石井均。
芦)やはり私とはワンサイクル違いますね。
メ)そういう時代だから当たり前だけれど私の文化的バックボーンになっていたのは映画だということが自分でもよくわかるよ。
芦)クレージーキャットは入らないんですか?
メ)もちろん「無責任シリーズ」をはじめ映画でも活躍したけれどハナ肇、植木さんはテレビの人という感じがするのかも。
芦)「脱線トリオ」はもろにテレビですが。
メ)そうだけど不思議だなあ。映画っぽいかんじがする。
芦)わたくし的にはやはり関西ですから「てなもんや三度笠」。藤田まことや大村昆を入れたくなります。
メ)そうだねえ。私にはちょっと違うんだなあ。ドリフや欽ちゃんとかも。
芦)それだけ映画が文化の中心だったということでしょうか。
メ)関西と言えばテレビでも私にとってはエ〜とあれなんだっけ?芦屋雁之助と小雁が出たやつ。
芦)「番頭はんと丁稚どん」でしょう。
メ)そうそう。あれ好きだったんだ。茶川一郎という変なのもいたね。テレビで言ったらもうひとつ。大村昆の「とんま天狗」
芦)♪〜トントントンマのて〜んぐさん♪ですね。
メ)そう。提供がダイハツミゼットだった。CMが番組と同じくらい有名というのは凄いことだよ。まあいずれにしろ時代が終わった。
芦)でも「巨星堕つ!」という感じではないですよね。大袈裟ですよね。
メ)・同感! 森繁さんご本人も苦笑いしているさ。私自身も森繁さんの大ファンというわけでもないし。ニュースを聞いてすぐに思い浮かべたのは「社長シリーズ」ではなくなぜか森の石松だった。あれの次郎長は誰がやったのかしらん。
芦)私には見当もつきませんが。
メ)小堀明男じゃないかと思うんだけど。それともうひとつ。私の出身高校が世田谷にあって、校門のすぐ前が森繁さんのお宅で通学途中に散歩される森繁さんによくお会いしたことを思い出した。
芦)私はやっぱり「社長シリーズ」ですね。それもテレビでですよ、観たのは。そんなに古い作品なのに、今の時代にも通用するテーマと笑いというのは凄いことですよ。
メ)時代が一つ終わったなあ。洋画の世界ではとうに終わっていたけれどねえ。ボブ・ホープ、チャップリン、ダニー・ケイ、ジェリー・ルイス、ジャック・レモン、トニー・カーチス・・・・・
芦)ジェリー・ルイスはまだ生きていますよ。ジャック・レモンとかケーリー・グラントなんか喜劇役者というくくりにするにはちょっと無理がありますね。役者としても立派すぎて。バスター・キートンとかは?
メ)少し前過ぎるかなあ。あとは「ちびっこギャング」とかね。もうひとりすごく笑わせてくれたコメディアンがいたんだけど名前が出ない。テレビのショーをやっていた・・・
芦)レッド・スケルトンでしょう。
メ)そうだ!ああ胸のつかえが下りた。サンキューサンキュー。しかし日本も向こうもそうだけどコメディアンと喜劇人というのは少しニュアンスがちがうねえ。
 アパートの鍵貸します芦)コメディアンというと舞台人ぽいね。どちらも笑いの芝居もできるけどお涙ものもしっかりできちゃう人の評価が高い。
メ)森繁さんは典型だねえ。伴淳の「飢餓海峡」の刑事なんかも拍手ものだった。
芦)私はジャック・レモンですね。
メ)「アパートの鍵貸します」とか「酒とバラの日々」ね。向こうでいえばもう数えきれないくらいの人がいる。チャップリンは勿論、「五つの銅貨」のダニーケイ。違うのはジェリー・ルイス位だろう。
芦)みんな素晴らしいですね。
メ)今の若い人たちも何十年後かには今のお笑いの連中を挙げるのかなあ。
芦)なんかさみしいですね。みんな小粒で。
 旅の重さ冬の訪れとともに新聞の訃報記事が増えてきているような気がする。 対談をまとめるのを愚図愚図していたらまた一つニュースが飛び込んできた。 東映のお姫様女優だった千原しのぶさんが肺がんで亡くなられたそう だ。(22日) 78歳とのことであるが最近とんとお名前を耳にすることがなかったのでもうすでに鬼籍の御方であったのかと思っていた。 どんな晩年をお過ごしだったのだろう。子供のころ随分出演作品を見たが一本も作品名を思い出せないのですこぶる申し訳が立たない。 実は私は大川恵子さんの大ファンだったからである。 千原しのぶさんごめんなさい。もう一人私の大切な監督が世を去ってしまった。「約束」や「旅の重さ」など斬新な映画の作り手だった斉藤耕一監督だ。
ショーケンと岸恵子というキャスティングからして新鮮な「約束」の時代から大ファンだった。 シネスコの上下半分を真っ二つに分けるカットなど番組作りの構図を作るのに随分と参考にさせていただいた。 「津軽じょんがら節」の冬の海のカット。上半分にに冬の日本海の荒れた波。真一文字に切った下半分に黒々とした砂浜。横たわる流木。荒涼とした裏日本の映像が人の心の寂寥感を見事に投影していたものだ。 「旅の重さ」では確か下半分が黄色に染まった稲穂でその向こうを高橋洋子が走っていくシーンがあったと記憶している。 映像理論を勉強したことのない駆け出しディレクターだった私でも随分衝撃を受けたものだ。 以前活躍されていた映画界の方たちが今どうされているのか詳しい情報が無いままお名前を目にするのが亡くなられた時だけとはとても悲しい。 ガキの恋愛スキャンダルばかり追っかけまわすだけのワイドショーよ。たまには特集でも組んだらどうだ。自分たちの勉強にもなると思うがの。
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